音楽は好きじゃない

 よしのの大好きなThe Rolling StonesThe Beatlesが新しい曲を発表した。2023年に。

 この2つのロックバンドは、世にそういう人がたくさんいるようによしのの人生を良くも悪くも狂わした。尽きせぬエピソードは個人的にたくさんある。小学校卒業間近に、父が持っていた赤盤と青盤をなぜかCD3枚組に分割した得体の知れない音源を聴いたときによしのの中で何かが渦巻いた感覚とか、家から塾に行くためのバス停に向かう道中、当時通っていた床屋の前でたまたまTumbling Diceを聴いていたら、ロックンロールの概念について完全に理解してしまった(ような気がした)ことがあるとか…

 よしのもこれでいて年々聴く音楽はごくわずかながら増えていっているが、基本的には中学生くらいの頃に聴いていた音楽を狂ったように聴き返し、それで満足している。その端緒となんたこの2つのバンドは、よしのにとってちょっと別次元に置いている、宝物のような特別な存在だ。みんなもそういうバンドはあるんじゃないかと思う。

 

 あるとき、とある友人と「音楽を聴くのが好きな人と演奏するのが好きな人がいる」ことを話したことがある。その時の結論は、どう考えてもよしのは演奏するのが好きな側だ、というくらいのことであったが、確かによしのの周りには好きなバンドやミュージシャンのライブを観るためにあちこち出向く人がいる。生憎よしのにはあんまり分からない感覚である。

 

 本当に音楽が好きなんだな、と思う。既によしのが知らないような音楽を数多知っているし、それを楽しんでいるというのに、それでも尚イカしたバンドを探そうなどというのは。前述のように、よしのにはそういう感覚があんまりない。羨ましいし、少なくともロックンロールをやっている自負のある人間としては見習わなければいけない態度だと常々思っている。

 しかし、よしのがそんな「音楽好き」になることは恐らく一生ない。よしのはバンドの音楽だけではなくて、その歴史を摂取しようとしているに過ぎないのだから。

 

 よしのがThe BeatlesやStonesのことが好きな理由は、そのバンドが歩んできた歴史が面白いからだと思う。昔からそうだ。ギターのギの字も知らなかった当時から、戦国武将の伝記を読むのがずっと好きだった。それは歴史の授業、例えば太閤検地が何年で、どういうことが行われたとか、桶狭間の戦いがいつの誰と誰の戦なのかとか、江戸城は実は太田道灌が建てていたとか、そんなことではなくて、そこに出てくる人のものの見方や哲学などに共感したりしなかったり、パーソナルな部分に惹かれて読んでいたのだ。60年代以降の両バンド、およびそれを取り巻く環境の歴史、そしてそれが彼らの創作にそんな影響を与えているのか…ということが好きで、この両バンドにのめり込んでいった自覚がある。それはコンプレックスだ。

 

 Johnのカリスマ性と生い立ちからくるひねくれっぷり、Paulの自覚なき超人的なセンスと周囲への鈍感さ、Georgeの控えめながら腹に一物持っている香り、Ringoのファニーなだけじゃない懐の深さ…いかんいかん、挙げると止まらない。Mickの徹底したスターぶりとビジネス的嗅覚、Keithのあくまで曲げない硬派さ、Charlieの毅然とした英国紳士仕草、Billの模範的むっつりスケベ、Little Mickのブルース職人な芸当、Ronnieの底抜けの人の良さ、そして、Brian Jonesのどこまでも深遠な光と闇…

 当事者ではないし、彼らのデビューから半世紀遅れで生きているよしのにとっては全てまやかしなのかもしれないが、よしのの興味は歴史的事実として残る彼らの生き様こそ真に熱烈な興味を持つ対象なのかもしれない。彼らの残してきた音楽は、彼らの歴史を彩る偉大なBGMに過ぎない…とまで言ったら言い過ぎか。

 

 かくしてよしのにとっては、ロックンロールとは音楽そのものに宿ったものではなく、それをプレイする個人の生き方、スタンスと同義であることが明らかになった。Stonesは月並みな表現で言えば「転がり続ける」ことでそのロックンロールを示したし、Beatlesは解散してから悠久の(?)月日が経ってなお新たな試みで強烈なピリオドを打ってロックンロールを示した。着地点がこうにも対照的なのも、彼らの辿ってきた歴史がそうさせてしまったことの証明なんじゃないかと思う。

 

 さて、よしのは前述の通り音楽を演奏する人間である。よしのにもまたこれまで歩んできた歴史があり、これから辿っていくであろう歴史がある。その意味ではBeatlesやStonesとよしのを並べて語ることも許されるんじゃないかと思う。許されないならば誰か叱ってください。

 …いやいやこれは冗談じゃなく、よしのだけじゃなく、全ての人に等しく言えることだろう。これから出会う全ての人に、よしのが歩んだ歴史を時には言葉ならざるもので語れればいいと思うし、よしのを知る、そしてこれから出会う全ての人にはそれぞれの歴史を語ってほしい。たとえそれがどんな形だったとしても。

 

 最後に断っておくが、純粋に音楽そのものとしてもアルバム「Hackney Diamonds」も「Now And Then」もよしのは好きだった。きっとこれからも懲りずに聴き続けることになると思う。そこに彼らの過ごしてきた日常や非日常を想像しながら…