言いそびれてしまったこと:2021年6月

・何回か行ったことのある定食屋に久々に入った。たまたまその時はお馴染み「だ ま れ !」Tシャツ(横山光輝三国志』の呂布)を着ていたが、会計のとき店員のお姉さんから「そのシャツどこで買ったんですか~?」と訊かれた。よしのは「太宰府に行ったときに買いました」とだけ答えて会計を済ませた。店を出ようとしたその時、さっきのお姉さんが「太宰府だって~~!」と誰かに大きな声で報告していた。きっと厨房に三国志ファンがいたのだろう。

 

・最近「字が上手い」と褒められることが多いので少々得意になっている。しかし左利きのよしのにとって日本語の文字はあまりにも書きづらい。

 

MLBアリゾナダイヤモンドバックスというチームが超大型連敗をしているという情報を少し前に聞いた。ビジターで最後に勝ったのは4月の終わり、情報を知ったその時の連敗数は10くらいだったように思う。それから1週間くらい経つが、ダイヤモンドバックスの勝敗を確認するのが朝起きてからの日課になっている。よしのはもしかしてダイヤモンドバックスのファンになっちゃったのかもしれない。ちなみに今日の時点でダイヤモンドバックスの連敗は17にまで伸びた。

 

・浮かんで消えるガイコツが 鳴らす横井のリズム(『涙がキラリ☆』) 

 

・学生のうちに一度はやってみたいこと、下ナポを飲みながら授業を受けること。

 

・よしのの初恋はもしかすると『ウルトラマンA』の南夕子だったのかもしれない。TACでいうと美川隊員もかなりお綺麗だったが、第4話の美川隊員同窓会のエピソードは子供ながらに「これは子供に見せていいのか・・・?」と思った記憶がある。

 

・ちゃんとよしのの方が年下だと分かっているはずなのに、ずっと丁寧語で話してくれる方が多い。丁寧に話していただけるのはそれはそれで嬉しいが、そんなに年老いて見えるのだろうか、もしくは変な威圧感でも出しているんだろうか。

 

・1日に2時間くらいよしのはソリティアをやっているが、世界一無駄な時間というのはこれのことである。

 

・子供が死ぬ、みたいな事件が本当に苦手だ。従って高齢のどっかの偉いさんが親子を轢いた事件などは本当に頭にくる。こういう自分以外のことで感情が大きく動く度によしのは真人間になったつもりになる。

 

・今年に入って始めたカレー作りは楽しい。しかしよしのたるもの簡単にカレーなど作って良いのか?という風な愚にもつかない自問自答を同時に繰り返している。別にしたけりゃすればいいのだ。

 

・最近久留米のデカい大仏を観に行ったが、生憎「お化粧直し」中で足場しか見られなかった。しかし失意の中野球速報を見ると、ドラゴンズ根尾昂選手がプロ初ホームランとなるグランドスラムを打っていた。よしのに一つ災難があると、ドラゴンズにいいことがあって機嫌が直ることは多い。

 

・世の中のことは大体「どっちもどっち」で片付くが、このご都合ワードを座右の銘にまでしてしまうと色々な場面で損をする。

 

・森羅万象の大部分について、大きければ大きいほど、丈夫であれば丈夫なほど、多ければ多いほど、強ければ強いほどよしのは好きだ。

 

・「性欲の負債」という言葉(よしのの造語かもしれない)を重く受け止めるべき人は確かに存在する。

 

・ラッキー・ストライクのシガリロを吸ったことで、よしのは初めてラッキー・ストライクの味を知ったのかもしれない。

 

・『ケロロ軍曹』がYouTubeでアップされている。小学生当時のよしのは、主要なペコポン人を全員とってもおにいさんおねえさんだと思っていたので、今となっては10個くらいよしのが年上だという事実がにわかには信じがたい。よしのは小雪ちゃんが好きです。

 

・よしのは学が無いので、曲が転調したかを雰囲気でしか判断できないが、『ケロッとマーチ』ってもしかしてサビのところで転調して終わったら強引に戻してるのかな?スケールなどなど音楽理論にお詳しい方にご教授いただきたい。

 

・・・よしのが今月、Twitterとか世間話の中で言うには下らないと思ったことを集める、という試み。同じクラスになって間もない女の子たちがとりあえずで取り出しそうな話題が多い。来月以降もやるかもしれない。というかこうやって話し相手(?)を確保しないとよしのの身がもたない気がする。

とにかくなんにもしたくないのか??

 考えてみればしたいことは多すぎるほどにある。

 ナゴヤドーム(今はバンテリンドームナゴヤか)に行ってドラゴンズの勝利を拝みたい、ドラゴンズの優勝、日本一の胴上げをこの目に焼き付けたい、いい加減CDを作りたい、作業用の机を手に入れたい、今度出るビートルズの映画が観たい、寄席というものを見物したい、相撲部屋の稽古を見てみたい・・・

 「〽とにかくなんにもしたくないのだ」とはよしのの偽らざる本音だが、どうやら「なんにも」とはなにがしかの条件付きの「なんにも」だったようだ。

 

 今までの人生でよしのは「やりたくないことを我慢してやった」経験が殆どない。学校の宿題に追われたりとか、興味もない習い事に無理矢理引きずられていったりとか、そういう経験は皆無に等しい。そういう類のことは大体の場合、ヘラヘラしていたらいつの間にか終わっていたりする。それは単によしのが色んな事を面白がるマインドができていた、ということもあるのかもしれないが、色々と思い返してみると、今まで嫌なことはしなくても誰かがやってくれていたり、よしのが苦労しなくてもいいように誰かが計らってくれていたりした気がする。そういう意味では、「とにかくなんにもしたくないのだ」と言うまでもなくその気持ちは満たされていたのかもしれない。

 

 と、ここまではよしのは大変恵まれた人間だと思えるが、よしのとしてはこういうところがコンプレックスでもある。「やりたくないことを我慢してやった」経験のある人とよしのでは、何となく面構えが違う。あくまでよしのの知り得る範囲でしか分からないことだが、よしのは苦労を知らない人間だと思う。「やりたくないことはなんにもしなくていいよ」と言ってくれる人が身の回りにたくさんいて、そういう人たちにおんぶにだっこでここまで生きてきたとも言えるだろう。上で挙げた「とにかくなんにもしたくない(はずの)よしのがしてみたいこと」も、現状「してみたいこと」止まりで、いざ実現してやろうという気概を見せられないよしのの情けなさである。

 

 いやいやそうは言ってもこのよしの、バイタリティだってない人間ではない。例えばライブが終わったり、バンドの練習が終わったりした後、電車がなくなって4時間かけて歩いて帰ることになろうとも、夜が明けるまで歩き続けるくらいの実績は持っている。よしのは歩くことが好きである、と言ってしまえばそれまでであるが、よしのが歩くこと(それも常識の範疇をはるかに超えて)ができるのも、歩くしかない状況に立たされた時に歩くことを好きになろうという努力をしたからこそだと自負している。大概のことは好きになれるから、嫌なことをして来ずに済んだとでも考えていいんじゃないだろうか。

 

 自分の中で葛藤し続けているトピックなので、前言を翻しまくった形にはなってしまったが、今後目の前に現れるかもしれない「とにかくしたくないこと」をよしのは好きになれるのか、したくないまんま厭々することになるのか、それとも誰かが代わりにやってくれるのか、これはよしのの人生の中でも極めて重要なハイライトになってくれそうな予感がしている。だから君がよしのを養っておくれ・・・

「ギタリストよしの」の完成形とは?

 ・・・とは言うものの、よしのはこんなに大上段に振りかぶるほどの人間ではない。ファー・イーストの、しがないアマチュアの人である。

 そもそもriverside yoshino自体どんな肩書きのものかがあまりよく分かっていないのだ。ミュージシャン、バンドマン、ブルースマン、ギタリスト、シンガー・ソングライター・・・むむむどれもしっくり来ない。「バンドをやっています」と後ろめたさなく言えるようになったのも、ミランバーズに入ってからのことだ。精々「ロック・スターごっこが趣味の人」ぐらいが丁度いい気がする。

 

 そう、よしのにとってはriverside yoshinoもミランバーズも全て「ごっこ」なのだ。幼稚園でやっていたウルトラマンごっことか、よく知らない近所の子供に混ざってやっていたおままごととかそういう部類なのだ。大学でやっていたコピー・バンドなぞもその極致で、自分で曲を書いてライブをしたり・・・というのも全部「ごっこ」遊びなのだ。例えばボブ・ディランごっこ、とか仲井戸麗市ごっこ、のようなものである。さしずめ自分の曲は、ウルトラアイのレプリカや、ウルトラ警備隊の制服のコスプレグッズといったところか。

 

 前置きは長くなったが、昨年のライブもなく暇な時期くらいから、よしのの「ごっこ遊び」は、結局のところ「誰ごっこ」なのだろう?と思うようになった。別に一人に絞る必要もないが、少なくともよしのにとって、ごっこ遊びにもある程度のイメージが必要である。色々なブルースマンロックンローラーごっこをしたいから今riverside yoshinoはこっそりライブをしているのだが、「見えたい姿」が、よしのの中では砂嵐状態であった。

 

 昨年の3月、それこそ中国で謎の疫病が現れたくらいの時期だったと思うが、よしのは密かに憧れていたTHE VOTTONESのライブに乱入した。引っ込み思案のよしのに若干効いているギラつきの賜物だった気がする。ステージの上で「どこかで見たことあると思ったら、riverside yoshinoくんじゃないか!」と言われ背筋がピンと凍ったのを覚えている。あとギターの音はずっと出ていなかった。

 ライブ後、フロント・マンのふーさんに声をかけてもらった。一方通行でよしのが好きなだけだと思っていたら、向こうもよしののことを知ってて嬉しかった。相変わらず下ナポをチビチビやりながらの数センテンス、「The Whoとか好きやろ?」と言われた。単に、その時たまたま来ていたのが通称「犬の匂いのするコート」、ドイツ軍流れのモッズ・コートだったから出た一言だったのかもしれないが、よしのとしてはボットンズのどんな曲よりも耳にこびりつく言葉だった。

 

 「ごっこ遊び」の悩みの中、よしのはふーさんの一言に引っ掛かりThe Whoのライブ映像をたくさん観た(断言するが洒落ではない)。The Isle of Wightも全部観た。恰好の、ごっこ遊びの餌食だと思った。今まで「ずっと3番目に好きなバンド」だったThe Whoは盲点だった。

 

 以下は完全に自惚れだが、よしのにはかなりの程度、Pete Townshendの素質があるんじゃないかと思う。アコースティックでもエレクトリックでも、結構なパワー・プレイが身上だし、リード・ギターというよりはリズム・ギター派だと思う(個人的に、ミランバーズもリード・ベースがいると言っても過言ではないバンドだ)。あとは、破天荒でありたいのになんとなく真面目にやってしまうところ(そしてそれがコンプレックスになっているところ)とか、ギターよりコーラスに自信がありそうなところもそうだ。そして何よりやりすぎなほど音がデカいところもか。ちなみによしのは、ここまで書いていて今猛烈に恥ずかしい。

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 今この時、よしのはThe Whoの最新アルバムを聴きながらこれを書いている。あの鼻の大きさと、身長、手足の長さ、そしてステージ・アクションの真似ができない故に、「ピート・タウンゼンドごっこ」をしている自覚は全くなかったが、知らず知らずのうちに、よしのは彼の背中を追いかけていたのかもしれない。勿論、名だたるブルースマンやここには書ききれないほどのロックンローラーのことも忘れずに・・・

 

 前もこういう話を書いて残している気がするが、一連の出来事から、よしのの中でのPeteの存在はとても大きくなっている。そもそも身長は大きいが。「ピート・タウンゼンドごっこ」の自覚が出てからというものの、よしのの一番好きな「ごっこ遊び」は俄然面白くなってきた。よしのはこれから「ピート・タウンゼンドごっこをやっています!」と胸を張って言うだろうし、影響を受けてきたギタリストを聞かれればあまり迷わずPete Townshendと言えるようになったのではないだろうか(勿論好きなギタリストはもっとたくさんいるが・・・)。完成形はまだはっきりしていないが、「ごっこ遊び」のど真ん中にPete Townshendが腕をグルグルさせながら飛び跳ねている姿が今ははっきり見えている。A Quick One(While He's Away)や5:15やBaba O'rileyのようなおもちゃが出来たらいいな。

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 ※そういえば、昨年はふーさんのもう片方のバンド、THE RICHESと対バンする機会があった。あのときのよしのはきちんと「ピート・タウンゼンドごっこ」できていただろうか。リッチーズの「おいしいば~い」(タイトルは不確か)と歌う曲がよしのは好きだ。「こんなはずじゃなかっただろ」の部分に、ありとあらゆるロックンロールの粋が詰まっている気がした。あと「弱い心に沁みるばい」のところも。何度も聴いたわけではないが、これだけ覚えている自分に驚きもする。その日は終演後にバー・カウンターで過去最悪を更新する泥酔に突入し、起きたら知らない公園で砂を食べていたことも、今となってはいい思い出である。

2021開幕に寄せて

 開幕、毎年居ても立っても居られなくなる開幕、プロ野球ファンにとってこんなにも背筋の伸びる日もそうはあるまい。

 

 昨年は11月までレギュラーシーズンが続いた(Aクラス入りしたドラゴンズもCSが無かった影響で早めの閉幕になった)ため、どうも例年のバイオリズムが整わず、よしの的にはキャンプイン~オープン戦の間は、野球に対する実感が確信めかずにいたものの、もはやあのヒリつく日々が明日に迫っている現実は、背骨に直接冷や水をぶっかけられたかのような厳然たるものである。

 

 毎年言っているが、特によしののような熱狂的な特定球団のファンは、その可能性が消えるまで優勝のみを見据えなければならないというのがよしののポリシーだ。従って今のよしのは、中日ドラゴンズが優勝・日本一の栄冠を勝ち取る映像を脳内で繰り返し再生している状態である。はっきり言って負ける気は一切していない。それどころか日本シリーズで、最近は思い切り分の悪いパ・リーグのどこぞの球団をコテンパンにしている画すら浮かぶ。考えてみれば当然だ。敢えて今更名前は出さずにおくが、ファームで日々汗を流した若い力と、頼もしくも凛々しい背中に惚れ惚れする主力の面々に加え、酸いも甘いも嚙み分けたベテラン選手が融合した野手陣がいる。更には群雄割拠の様相を呈する先発ローテーションと、個性がじんわりと光る鉄壁のリリーフまで揃っている。こんなチームが勝てない訳がない。よしのはそう信じ切っている。Aクラスに入った程度で小躍りして喜ぶのはもう終わりだ。

 

 そして彼等のバックに就くのは、苦しいドラゴンズを常に見守り続け、大きく成長したファンたちである。これは綺麗事で言っているのではない。吾々もまた竜戦士なのだ。吾々が日々の営みに負けなければ、ドラゴンズはきっと勝つ。瞬間々々に打ち克った者の声だけが、グラウンドの選手たちに届くのである。そのことを、吾々ファンは水底に沈む竜にひたすら祈り続けたあの日々から学んだはずだ。プロ野球とはそういう舞台である。

 

 ・・・とここまで読んでいただいた諸氏ならばよく分かったであろうが、開幕前のプロ野球ファンはここまで気合に満ち満ちている。市井に潜むひとりの「竜戦士」として、よしのも必死に闘うシーズンが、これから始まる。2021年が、riverside yoshinoの夢が叶う一年になることを、心から願っている。

どうやらriverside yoshinoの夢が叶うらしい。

2月19日、よしのはミランバーズ馴染みのスタジオであるUNKNOWN SOUND STUDIOにいた。「よしのの夢が叶うけん」とだけ言われ、店長の中西さんに言われるがまま、ちょっと暑めの真っ昼間にギター2本と共に向かっていた。

 

よしのの曲を数曲演奏した。相変わらずのいい曲ばっかりだった。思ったより本格的な収録が行われ、よしのはまるで自分が売れっ子のミュージシャンにでもなったような錯覚に陥っていた。調子に乗って結構な悪ふざけをした。収録後、中西さんは「こんな面白い仕事でよかったな~」と呟いていた。言うまでもなく本当に素敵な先輩だと思う。若造が偉そうである。

 

中西さんと川端さんが夜を日に継いで映像の編集をして下さったという。よしのはどこまでも「お客さん」に過ぎないことは心のどこかで分かっているつもりだが、それにしてもよしののような一介のゴミクズ人間のために、ここまで駆けずり回ってくれるのは恐れ多いことだ。楽しいからなんでもいいと放言してきたよしのも、よしのの楽しさを周りに御膳立てされていることに気付いて、少しだけ大人になった。23歳が情けないことである。

 

・・・というわけで、毎日のようによしのの夢を叶えてくれている福岡UTEROで、よしのの夢が叶う日が来る、らしい。はっきり言って内容は一切知らない。ここ数年で誰かに夢を話した記憶もない。ただ、本当にドキドキしている。初めてMuddy WatersのI Just Want to Make Love to Youのハーモニカの咆哮を聴いた時のアレである。どこの誰かは分からないが貴方にも、あのドキドキな気持ちを感じてもらいたいと願っている。

 

20210308(月)non-commital〜riverside yoshinoの夢叶えます〜@福岡UTERO
OP 19:00

※時短営業に伴いUTEROでの観覧無しの配信のみとなる可能性がございます。
観覧:2Drink(¥1,200) or 飲み放題(¥2,000)
UTERO YouTubeチャンネルにて無料配信 21:00~22:00
アーカイブは数日

youtu.be


麦の水割り投げ銭はUSS_BASEにて。

unknownshop.base.shop


出演
【MC】ノブ林(non-commital)、ジャンボ大塚(Bellbottom from 80's)
【GUEST】riverside yoshino
【応援団】DJ魔人ブウ(ミランバーズ)、DJ健太郎(琥珀)、yuu(琥珀)
タイムテーブル

19:00 ノブ林(non-commital)

19:30 DJ健太郎(琥珀)

20:00 yuu(琥珀) 

20:30 DJ魔人ブウ(ミランバーズ)

21:00-22:00 riverside yoshinoの夢叶えます

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3/8フライヤー、名古屋城を守る漢、riverside yoshino(たぶん)

どうやらこのBASEでの投げ銭機能、リンクを踏んでいただければ分かるがよしのの秘蔵動画がプレゼントされるらしい。ファン垂涎のアイテム、皆さんも購入してみてはいかがだろうか。そしてよしのに「下ナポ」(「下町のナポレオン」麦焼酎いいちこの略称としてよしのはこう呼んでいる。読みは「げなぽ」)をご馳走してみてはいかがだろうか。当然ながら、秘蔵動画の内容をよしのは一切知らない。

 

 

そしてこの翌週にもライブはある。昨年ジョン・レノン・ナイト以来のラウンジ・サウンズ、この日はどうやらバンドマンカレートーナメントの準決勝があるらしい。よしのも見習わねばなるまい。配信でも現地でも見てほしい。

3/16(火)「ラウンジサウンズ~バンドマンカレートーナメント準決勝」 @福岡voodoo lounge

OP/ST 19:00/19:30

来場)¥1500+1d

配信)¥1500

※配信チケットは(voodoolounge.jp)にてご購入ください。

w/

垣内美希

cuvboys

ポカムス

宇宙サービス

バンドマンカレートーナメント準決勝) 江上るいvs野口(SOLAR)

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ラウンジサウンズのフライヤー。よしのは「ハード」で「ストレート」なようだ。



 

あとこの後3/19には、件のUSSの下(というかUSSがライブハウスの上にある、というのが大方の認識であろうが)で頑張って下さっているライブハウス、福岡UTEROでもライブの予定である。今月3本のイベントに誘っていただいているが、よしのもいい加減「御膳立てされた面白さ」に漂っているだけではいけない。よしのの当事者意識が逆襲をする。当事者意識による心拍数が、今のところよしのが与えることのできる全てである。

3/19(金) Songs Without Equal @福岡UTERO

OP/ST 18:00/18:30

観覧/¥1500+1d  配信/¥1000

w/

イフマサカ

Szu

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先月の波戸岬野外ライブでの、方天画戟ちゃんの勇姿。3月も咆哮します。

 

どうぞよろしく。

『The Best of George Harrison』とよしののブルース

 近頃、明確な意志を持って敬遠していた「カレー作り」に、色々あって手を出してしまった。スーパーに売ってあるスパイスをまぜまぜして作るアレのことである。

 カレーといえばインド、インドといえばハレ・クリシュナ!という、多分に偏った知識の影響を感じる連想から、My Sweet Lordを聴いて、よしのは悦に入り乍らカレーを煮ている。我ながら呆れてしまうほどの安直さである。

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 よしのの父はよしのと似たようなロック・ファンであった(というよりよしのが昭和36年生の父の世代のロック・ファンにかなり近い嗜好があった)。学校の友達とはあまり共通の話題がなく、絶えず若干の空虚感に苛まれつつ過ごしていたが、父と時々ロックンロール(と中日ドラゴンズ)について語り合えることはよしのにとってかなりの幸せだったように思う。

 

 そんなよしのも、中学生になるとThe Beatlesにのめり込んでいた時期が過ぎ、もう殆どの曲を脳内で再現できるようになっていたのだが、突然父があるCDをよしのにくれた。『The Best of George Harrison』だった。

 「ソロも聴いてみろ、お父さんジョージが一番好きやけん」と言われて渡されたCDには前半部分のThe Beatles時代の曲から後半のソロ・ワークスに至るまで結構代表曲が網羅されていたと思う。父は少々厄介な性格の人間だったが、なんだかんだ一人の男として尊敬できる人間であった。基本的な感性のズレから、友人とのCDの貸し借りもロクにしたことのないよしのが、初めて秘密を共有できた、そして父から、何となく一人前の男として認められたような気がした。とても誇らしかった。大事に、何回も聴こうと思った。

 前半部分は当然全部知っている曲ばかりだ。The Beatlesメンバーのソロ・ワークスを全く知らないよしのは、後半最初の曲であるMy Sweet Lordが始まるのをずっとドキドキしながら待っていた。SomethingもHere Comes The Sunもこの時ばかりは前座に過ぎなかった。

 イントロのアコースティック・ギターの音は、The Beatlesの音ではなく、ギタリスト・George Harrisonの音だった。途中から慎重に入ってくるボトルネックの音も、歌も、コーラスも、全部々々、ロックどころか全音楽の伝説となってしまったバンドの呪縛から解き放たれて、のびのびとプレイするサイレント・ビートルの姿がありありと浮かんでくるようだった。この曲は後に「パクり騒動」の渦中に飲み込まれる曲であったらしいが、そんなことは関係なかった。「俺はビートルズよりジョージのソロの方が好きばい」と言っていた父の気持ちが分かった気がした。父とよしのはこうして、ちょっとした秘密を共有する「同志」となった。(余談だが父の一番好きな曲は、アルバム『Dark Horse』収録のSimply Shadyだった。我が肉親のことながらあまりにも渋い。)

 

 それからはもうずっと同じCDばかり聴き続けた。誕生日に『All Things Must Pass』のCDをねだって買ってもらったりもした。寝ても覚めてもよしのはハレ・クリシュナ状態だった。

 

 ある夏の日、よしのはちょっとした友人数人と出かけたことがある。なんでも通っていた学習塾の先生の棲み処が分かったかもしれないと言って、実際にその場所を突き止めてやろう、といった他愛もない用事だった気がする。彼等は図体が大きい、気も結構強い。チビで気も弱いよしのは、大抵の場合、彼等のエスカレートした悪ふざけに巻き込まれ、何らかのダメージを負って帰ることがしばしばであった。早い話が「いじめられっ子」だ。(彼等の名誉のために言うが、別によしのは彼等を恨んでいるわけでは毛頭なく、仲良しだと思っているし、「いじめ」というのも自殺や不登校につながるようなヘビーなものではなく、彼等から見ればじゃれ合いの行き過ぎた先にあったようなものであろう)

 具体的に何が起こったのか殆ど忘れたが、坂道まみれの団地じみた所にあった件の先生宅の恐らく近所で、吾々はじゃれ合いながらこけつまろびつ・・・といった経緯だった。じゃれ合いが暴力行為じみてきたあたりでよしのの眼鏡が真ん中でポッキリと折れてしまった。よしのをストレス発散や何かの道具のように扱うこんな連中と遊びにさえ行かなければ、そもそもこいつらがこんなにヴァイオレントな人間でさえなければ無事よしのの顔の中心に収まっていた筈の眼鏡だったものが、真っ二つになってよしのの手の中に収まっている。「俺の所為じゃない」と言わんばかりに、一緒にきた彼等はゲラゲラと笑っていた。よしのもつられてちょっと笑った。

 

 夏の夕暮れの中、よしのは何が書いてあるかさっぱり読めないバスの運賃表をボーっと眺めながら、溝川行に揺られていた。中学生の眼鏡とは親に買い与えてもらうものだ。折角買ってくれた眼鏡を、息子が真っ二つにして帰ってきたら両親は悲しむだろう、一部始終を言いつけても何にもならないことは流石によしのも承知だったし、何も言わなければ「なんでもっと大事に扱わんとね!」と怒られるだろう・・・特段悪いことをしたわけではないよしのがなぜこんなに惑わなければならないのか、無惨な眼鏡を笑われたのか、今頃彼等は一家団欒の最中なのだろうか、なぜ中学生男子の論理は「力こそすべて」で片付くのか、よしのはなぜこんなにも無力なのか・・・

 

 よしのの悪癖の中に、「腹が立つと自分のものに八つ当たりする」というものがある。流石に人を殴る、傷つけることはほぼないが、今まで色々なものを腹立ちまぎれに葬り去ってきた。

 溝川行を降りたよしのは、一刻も早くロックンロールの世界に逃避したかった。惨めなよしのを慰めるものはそれしかなかった。

 自分の部屋に入ると、襖を閉め切ってCDデッキを開けた。

 

 よしのはいきなり我に返った。机の上に、真っ二つの眼鏡と、粉々になった、父から譲り受けたCDが横たわっていたのである。

 よしのはMy Sweet Lordなど聴きたくなかったのだ。もっと、I can't get no satisfactionとか、Helter Skelterな気分だったのだ。よしのはデッキに入っていた、父から貰ったCDを、カッとなって粉砕したのである。

 

 一人前の男の証は脆くも、ただのゴミ同然になってしまった。よしのはそれを学習机の引き出しの一番奥に隠し、早く忘れてしまおうと思った。他の誰にもその話はしなかった。一日でよしのは、本当に色々なものを失った。その後知らない間に、学習机は粗大ゴミになって家の中から消えた。

 

 その後も、父とロックンロールの話をすることは多かった。夜中にThe Rolling Stonesのライブを2人で観たり、どこで手に入れたか分からないLed Zeppelinのブートを一緒に聴いたりした。よしのはいつか、父にだけでも一部始終を話して、CDを粉砕してしまったことを謝ろうと思っていたが、ついにそれは叶わなかった。あまりに惨めで、若気の至りといったよしのの秘密は、誰とも分かち合えないものとなってしまった。

 

 あれからよしのは、あのCDに入っていたMy Sweet LordやWhat Is Lifeを聴く度に父に謝りたくなる。無論カレーを煮ている時もそうである。よしのの煮るカレーには、若きよしののブルースがちょっとだけ混ざっている。

 

みんなにもっとThe Whoを聴いてほしい(もう聴いてるならごめんなさい)。

 昨年末、ようやくThe Whoの2019年リリース『WHO』を買って聴いた。先の暮れ正月ははっきり言ってこのアルバムに塗りつぶされたようなものだった。

 

 よしのの身の回りに限った話なのかは分からないが、The Rolling StonesとかLed Zeppelinとかの良さは割と共有できている気がするものの、The Whoに関してはピンと来ない人が多い気がする(ひょっとすると知り合いの中にいる"潜在的"The Whoファンをよしのが把握できていない可能性がある)。

 

 なんとなく気持ちは分かる。誤解を恐れずにはっきり言えばThe Whoは全体的に泥臭い。メンバーを具に見ていけば、華やかなStonesやZeppelinのロックスターっぽさに比べると何となく『アパッチ野球軍』とかの香りがするのだ。

①まず、明らかにリズムを刻むどころではない異常、もといスーパー剽軽ドラマー、Keith Moon

②次に、長身を生かして負けじと腕を回したり、飛んでみたりと忙しいバンドの頭脳、Pete Townshend

③他方、棒立ちの癖に両手はやたらと動いて爆音・バカテクを奏でるJohn Entwistle

④最後に、以上の3人にかき消されないよう必死なバンドの顔、Roger Daltrey

・・・これだけ見ても他の様々なレジェンドたちと比べて随分ドンドロリンな感がある。しかしながら、The Whoを聴くだけでこれだけの人間模様が楽しめるのである。事実、よしのは初めてThe Isle of Wightの映像を観た時、一切飽きずに見入ったのを覚えている。主にPeteがハチャメチャに動くのが気になるあたりよしのもギタリストなのであろうが、とにかく何が起こるか分からないスリルが、ビジュアル的な部分だけでも、そして勿論サウンド面でもふんだんに存在する。

 

 これだけ見れば、歴史的にThe Whoが後のパンク・ロックに影響を与えた・・・みたいなUKロック史的な見方をすることも納得いくようなものであるが、よしのが好きなのは、彼らの曲のギター、及ドラム・セット破壊とかそういう過激なパフォーマンスに隠れた、そのかなり繊細な部分である。初期から彼らはやたらコーラスが綺麗だし、Peteはアコースティック・ギターがやたら上手だし、Rogerの歌も活動が深まっていくごとにどんどん上手になっているのが分かる。オリジナル・メンバーによるものではないが、よしのは前述のアルバムに付録としてついてきた、どこかでのアコースティック・セットのライブ音源が非常に気に入っている。それはそれは歯切れのいい音ではあるものの、彼らの曲そのものがそれをただ晴れがましいだけのものにせず、なんとなくアンニュイな気持ちにさせられるものになっている、そういう奇妙なバランス感がこのバンドにはある。勿論、Johnのリード・ベースと呼ぶべき質実剛健なプレイと、Keithの全編主役なドラムと、Peteの痛快なギターというアンバランスさも含めて・・・

 

 Keithが死に、Johnが誇り高き死を迎えてもThe WhoThe Whoだった。ZeppelinがBonzoの死によって終わったのとは対照的だ。勿論どちらの選択も偉大だと思う。ただ、これだけ個性的な4人で成り立っていたThe Whoがメンバーを入れ替えてでも続けることを選んだことは(別にその当時を知らない若造ではあるが)、The Whoを唯一無二のバンドにしている所以なんじゃないかと思う。『WHO』の一番好きな曲はT9. Break The Newsだった。これはPeteの弟で、現在のサポート・メンバーであるSimonの作だった。Pino Palladinoも渋くいいプレイをするし、Zak Starkeyもいい感じだと思う。確かにオリジナル・メンバーでのスリルは薄まっているかもしれないが、そんなことは無関係に困難を乗り越えて新たなThe Whoとは何かを追い求める姿が、よしのは最高にカッコいいバンドの姿だと思う。『Blue And Lonesome』でブルース・バンドであったかつてを思い出したStonesもカッコよかったが、The Whoの魅力は明らかに違うところにある。

 

 よしのはThe Whoの不器用なソツのなさが好きだ。riverside yoshinoのギタープレイは、実は大部分がPete Townshendの影響下にあることも、昨年の家に籠っていた期間の中で痛切に思い知った。The Whoをまだそんなに聴いてない人は、ちょっと聴いてみてほしい。もう既に彼らが大好きだ、という人は、是非よしのとThe Whoの話をしてほしい。I Don't Wanna Get Wiseだけど、今日ばかりは御託を並べさせてください。